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最高裁判所第一小法廷 平成6年(行ツ)28号 判決 1994年4月07日

京都市山科区北花山大林町六〇番地の一

上告人

竹中エンジニアリング株式会社

右代表者代表取締役

竹中紳策

右訴訟代理人弁理士

新実健郎

村田紀子

大津市におの浜四丁目七番五号

被上告人

オプテックス株式会社

右代表者代表取締役

小林徹

右当事者間の東京高等裁判所平成四年(行ケ)第一四六号審決取消請求事件について、同裁判所が平成五年一〇月一四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人新実健郎、同村田紀子の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、是認することができる。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決の結論に影響のない説示部分の違法をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 大堀誠一 裁判官 三好達 裁判官 大白勝 裁判官 高橋久子)

(平成六年(行ツ)第二八号 上告人 竹中エンジニアリング株式会社)

上告代理人新実健郎、同村田紀子の上告理由

第一点 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

一、原審においては、甲第四号証ないし甲第八号証に記載されたものにおいて、赤外線透過材である窓材として「高密度ポリエチレン」を用いること、及び、窓を「容器と一体に成形」することがきわめて容易に想到し得ることであるか否かが争点となったものであるが、そのうち、赤外線透過材である窓材として「高密度ポリエチレン」を用いることの容易想到性については、原判決は、甲第九号証ないし甲第一三号証を引用して、「パッシブインフラレッド方式による移動人体検出装置において、容器の窓を構成する窓材として、人体の放射する波長一〇μm付近の遠赤外線に対して優れた選択的透過性を有し可視光線を透過しない硬質の材料で形成しようとする場合において、高密度ポリエチレンを採用すること自体は当業者においてきわめて容易に想到し得ることと認めるのが相当である。」と判断した(原判決第三三頁下から一行目ないし第三四頁第六行)。原判決のこの点における判断には、上告人においても異論はない。

二、原判決は、窓を「容器と一体に成形」することの容易想到性について判断するに際し、「本件考案における高密度ポリエチレンより成る窓が「容器と一体に成形され」との技術的意義は、容器を赤外線透過材である高密度ポリエチレンにより成形し、その一部を赤外線透過部である窓とするというものである

(原判決第三五頁第一行ないし第五行)」と認定したのに対し、甲第一四、第一五号証記載の考案には、赤外線投受光器全体を覆うためのカバー6が設けられ、その一部に赤外線投受光窓に相当する部分が含まれているものにすぎない(原判決第三七頁下から五行目ないし下から2行目)とし、甲第一四、第一五号証記載のものにおいて、カバー6を設けている目的、赤外線投受光窓がこれに一体的に成形されている技術的意義が、本件考案において窓を「容器と一体に成形」した目的ないし技術的意義と相違することは明らかである(原判決第三七頁第二行ないし第六行)として、窓を「容器と一体に成形」することの容易想到性を否定したものである。

三、ところで、上告人(原審原告)は、原審において、「一般に赤外線受光器において赤外線を受光透過する面域だけでなく、受光器全体を、赤外線を透過し可視光線を透過しない材料で一体成形したカバーで覆い、内部を透視できないようにすることが周知の技術である」ことを立証するため甲第一四、第一五号証を提出し、本件考案にいう「容器と一体に成形された窓」なる概念が、窓面だけでなく赤外線受光器全体をカバーで覆って筐体内部を目視で識別できないようにすることをも包含するものとすれば、甲第一四号証および甲第一五号証は本件考案にいう「窓と容器の一体成形」を開示しているというべきであると主張したものである(原審平成四年一〇月二〇日付原告準備書面(第1回)第二〇頁第四行ないし第二二頁第五行参照)。

四、これに対し、原審において、被上告人(原審被告)は、甲第一四、第一五号証が本件考案にいう意味において窓を「容器と「体に成形」することを開示していること自体は、明らかに争わなかったところである。

五、のみならず、被上告人(原審被告)は、原審において、「甲第一四、一五号証について、本件考案の一致点として、光電変換素子1-1(検出センサ)、レンズ1-2およびミラー1-4(光学手段)、および、アクリル等のカバー6(容器と一体の窓)が記載さりている。」と陳述している(原審平成四年一二月一七日付被告準備書面(第1回)第六頁第五行ないし第九行)。これは、「検出センサ」、「光学手段」および「容器と一体の窓」なる構成において、本件考案と甲第一四、一五号証が一致していることを被上告人(原審被告)が自ら認めていることに他ならない。

六、なお、被上告人(原審被告)は、本件登録実用新案に基づく、本件上告人を被告とする実用新案権侵害訴訟事件(大津地裁平成二年(ワ)第四九九号)において、本件考案と同じくパッシブインフラレッド方式の移動人体検出装置であって、遠赤外線受光器全体を覆うためのカバーの一部に赤外線受光窓に相当する赤外線透過部を備えた被上告人製品(この構成はカバーを構成する材料が高密度ポリエチレンであることを除き甲第一四、一五号証のものと符合する)をも、本件登緑実用新案の技術的範囲に属し実用新案権の侵害を構成すると主張しているものである。すなわち、右実用新案権侵害訴訟事件において、別紙図面1「イ号」(第一図ないし第五図)、および、別紙図面2「ロ号」(第一図ないし第五図)に示される被上告人(右実用新案権侵害訴訟事件原告)の製品(後記被告製品、第一製品および第二製品)が、本件登録実用新案の技術的範囲に属すると主張するに際し、平成三年六月一七日付準備書面第五丁、表頁終わりから第三行ないし第六丁表頁第一一行において、次のように陳述している。

「四・被告製品の構成

1 被告は、第一製品、第二製品ともに、

「本件登録実用新案においては、『窓』は『容器』の一部を構成するものではあるが、遠赤外線を透過させる必要のない『窓以外の容器部分』とは画然と区別されるものである。」と主張し、

被告製品の「半球形状のカバーより構成される容器には格別窓として認識できる部分がなく、強いていえば、半球形カバー全体が窓に相当するものもある。」と主張している。

2 しかし、前述したように、パッシブインフラレッド方式の移動人体検出装置においそ、窓とは、「人体が放射する波長一〇ミクロン付近の遠赤外線エネルギを外部から内部の遠赤外線検出センサへ導入する光路に当る容器部分」を意味する。

従って、被告製品においては、半球形カバーの一部分が「窓」に相当する。

3 ちなみに、本件実用新案公報(甲第一号証)第1図は、本考案実施例を示すものであって、実用新案登録請求の範囲に、「窓の厚さ」が限定されていないので、容器のみの部分と、容器と窓を兼用した部分の間に、厚さの段差を設けるか否かは単なる設計的事項にすぎない。

この第1図の断面図に表われている実施例においても、カバーの外面には段差がなく、窓領域を外部から認識することは困難である。このことは、防犯機器において重要な効果のひとつである。明細書には記載されていないが、侵入者が、防犯機器の検知エリアを知ることができず、検知エリアを避けて侵入することが困難であるという新たな効果がある。すなわち、本書三、4に記載した本件登録実用新案特有の効果に加重される効果が存在するのである。

このことは、被告製品が本件登録実用新案の利用考案であって、本件考案の技術的範囲に属することを意味している。

五・本件登録実用新案の要旨と、被告製品(第一、第二両製品を含む)の対比

上記考察により、被告製品は本件登録実用新案の技術的範囲に属することは明白である。」

七、また、原審において、被上告人(原審被告)が提出した平成五年三月九日付被告準備書面(第2回)第二五頁第四行ないし第七行において「本考案の実施製品が発売されて幾月も経過しないうちに当業者が次々と本考案の模造品を製造販売するに至ったのである。」と陳述しているところがあるが、ここにいう「本考案の実施製品」も「本考案の模造品」と称するものも、いずれもまた別紙図面1、または、別紙図面2に示すと同様、カバー全体を高密度ポリエチレンで成形し、そのカバーの一部に窓に該当する赤外線透過物部を備えているものである。

八、以上のごとく、甲第一四、一五号証が、本件考案にいう窓を「容器と一体成形」する構成を備えているものであることを、被上告人(原審被告)が自認しているところであって、これは原審において被上告人(原審被告)が明らかに争わなかった事実、または、被上告人(原審被告)が裁判上自白した事実に相当するに拘わらず、これに反する判断をした原判決は違法であって、その違法は原判決に影響を及ぼすこと明らかである。

第二点 原判決には理由不備、理由齟齬の違法がある。

一、原判決においては、前述したように、本件考案における高密度ポリエチレンよりなる窓が「容器と一体に成形され」との技術的意義は、容器を赤外線透過材である高密度ポリエチレンより成形し、その一部を赤外線透過部である窓とするというものであると認定し、他方において、甲第一四、一五号証記載のものにおいては赤外線投受光器全体を覆うためにカバー6が設けられ、その一部に赤外線投受光窓に相当する部分が含まれているというものにすぎず、甲第一四、一五号証においてカバー6を設けている目的、赤外線投受光窓がこれ一体的に形成されている技術的意義が、本件考案において窓を「容器と一体に成形」した目的ないしは技術的意義と相違することは明らかであるとし、したがって、甲第四号証ないし甲第八号証記載の移動人体検出装置に甲第一四、一五号証記載の技術を適用して、窓を「容器と一体に成形」するには当業者においてきわめて容易に想到し得るものではないと判断したものである。しかしながら、いやしくも、本件考案における窓を「容器と一体に成形」することの容易想到性を否定するためには、「構成の予測性」、「技術的課題(目的)の予測性」および「作用効果の予測性」について検討がなされ、かつ、十分な理由付けをもってその判断が示されなければならない。原判決には、この点に関して理由不備、理由齟齬の違法がある。

二、すなわち、まず構成の予測性についてみると、原判決では本件考案における高密度ポリエチレンよりなる窓が、「容器と一体に成形され」との技術的意義は、容器を赤外線透過材である高密度ポリエチレンにより成形し、その一部を赤外線透過部である窓とするというものであると認定している(原判決第三五頁第一行ないし第五行)。これに対し、甲第一四、一五号証記載のものに関しては、原判決は、「カバー6には赤外線投受光器窓(亦外線透過部)に相当する部分が全体として一体的に成形されているものと認められるが、カバー6は、赤外線投受光器(容器)全体を覆うものであって、赤外線投受光器(「赤外線投受光窓」の誤りと思われる)そのものではなく、また、赤外線透過部(窓)がカバー6の特定の一部に設けられているものではない点において、カバー6を高密度ポリエチレンが赤外線透過部(窓)として容器の一部に設けられた構成、すなわち「容器と一体に成形され」た本件考案の窓の構成と同視することは困難である。」と説示している(原判決第三六頁下から8行目ないし第三七頁第二行)。

三、右の原判決の前段の認定(前記の傍線部)において、甲第一四、一五号証記載のものにおいて「カバーには赤外線投受光窓(赤外線透過部)に相当する部分が全体として一体的に成形されている」との構成は、本件考案にいう「容器を赤外線透過材で・・・・・成形し、その一部を赤外線透過部である窓とするという」構成と実質上同義とみなすことができる。このように右前段の認定では同義であるとみなされるに拘わらず、後段の認定では両者を同視できないとしているのであって、そこには理由齟齬の違法がある。仮に同義でなくても前者の構成から後者の構成に想到することは当業者にとってきわめて容易であるといわねばならない。原判決はこの点における構成の予測性について判断を違脱または誤っているものである。

四、次に、原判決においては、技術的課題(目的)の予測性に関して、「加えて、カバー6を設けている目的、赤外線投受光窓がこれに一体的に成形されている技術的意義が、本件考案において窓を「容器と一体に成形」した目的ないし技術的意義と相違することは明らかである。すなわち、本件考案において、窓を「容器と一体に成形」しているのは、上記のような問題点の解決を課題として、赤外線透過材を厚くすること、厚くしても赤外線透過性を保持できる材料を選択することを着想し、加えて外観の簡略化、製造コスト低減等のため、赤外線透過材を枠体等により窓(開口部)に別途設けるよりも容器そのものに容器の一部として設けた方が望ましいとの観点から、上記構成を採択したものであるのに対し、甲第一四、第一五号証記載の考案は、特に投受光窓があることにより、不法侵入者に検出装置の存在を感知され、警備上好ましくないという欠点があったため、赤外線投受光器全体を覆うためにカバー6が設けられ、その一部に赤外線投受光窓に相当する部分が含まれているというものにすぎない。」(原判決第三七頁第二行ないし下から二行目)と説示している。

五、右の本考案の解決すべき課題とされるところの多くは、本件の原特許出願の明細書(甲第一八号証の二)には記載がなく、後になって補充されるものであるが、その多くは甲第一四、一五号証には直接の記載はないが、甲第一四、一五号証記載のものにおいても当然解決できている課題である。なお、本件考案の解決すべき課題のうち、「厚くしても赤外線透過性を保持できる材料を選択できることを着想し選択すること」の課題は、高密度ポリエチレンを窓材として使用することによって解決されるものであり、窓を「容器と一体成形」することによって解決される課題ではない。なお、甲第一四、一五号証記載の考案において解決されるべき課題はまた、本考案のものにおいても実質上解決されているものである。すなわち、甲第一八号証の二、原特許出願の明細書第六頁第二行ないし第三行には「強じんで内部の見えない窓をもち」の記載があり、また、大津地裁平成二年(ワ)第四九九号実用新案権侵害訴訟事件についての前掲上告理由第一点第六項で引用した箇所中(本上告理由書第八頁第三行ないし第六行)においても、被上告人は「明細書には記載されていないが、侵入者が、防犯機器の検知エリアを知ることができず、検知エリアを避けて侵入することが困難であるという新たな効果がある。」と陳述しているが、これは甲第一四、一五号証記載のものにおける解決すべき課題と軌を一にしているものである。

六、してみると、本件考案と甲第一四号証、一五号証記載のものとは解決すべき技術的課題(目的)を共通にするものであり、この点において本件考案にいう窓を「容器と一体成形」することについての容易想到性を否定できる根拠は存しない。したがって、原判決には本件考案における窓の「容器と一体に成形」することの容易想到性に関し、技術的課題(目的)の予測性についての十分な理由付けを欠如している違法、すなわち、理由不備の違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

七、更に、「作用効果の予測性」についてみるに、原判決においては、本件考案の作用効果に関し、「また、窓を容器と一体に成形することによりもたらされる前記(2)認定に係る、枠体の不要化、全体形状の簡素化、美観の向上、製造工程の簡素化、製造コストの低減等の効果は、甲第四ないし第八号証記載の移動人体検出装置にはみられないところである。」と説示している(原判決第三八頁第五行ないし第一〇行)。しかしながら、進歩性(容易想到性)の判断に関して必要な「作用効果の予測性」の判断は、進歩性否定のために提出された証拠方法、本件でいえば甲第一四、一五号証に関してなされるべきものであり、基本引用例である甲第四ないし甲第八号証記載のものとの対比における作用効果の予測性の判断は的外れである。

八、一方、右の本件考案の作用効果として掲げられたところの殆ど、すなわち、「枠体の不要化、全体形状の簡素化、美観の向上、製造工程の簡素化、製造コストの低減等の効果」は、甲第一四、一五号証記載のものにおいても実質上得られているところであって、したがって、作用効果の予測性の点からみても、本件考案の進歩性は否定される。したがって、この点においても原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな理由不備の違法がある。

第三点 原判決には、判断の違脱ないしは審理不尽の違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすべきものである。

一、原審において、上告人(原審原告)は、本件考案における窓材として高密度ポリエチレンを使用することの容易想到性と共に、窓を「容器と一体に成形」することの容易想到性を立証するために、甲第一三号証として財団法人日本分析学会発行「分析化学」第二〇巻第一号第一〇六頁ないし第一〇八頁を引用した。甲第一三号証においては遠赤外線吸収スペクトル測定装置において、ポリエチレン板を窓材として使用し、その窓枠部分も同一のポリエチレンで構成することについて記載がなされているものである。したがって、この証拠方法は、本件考案における容器を「窓と一体に成形」するという構成についての容易想到性に重大な影響を持つものである。

二、しかしながら、原判決には、本件考案における窓を「容器と一体に成形」することの容易想到性に関して、この甲第一三号証を顧慮した形跡がない。したがって、原判決には判断の違脱ないしは審理不尽の違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすものであること明らかである。

以上

別紙図面 1

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別紙図面 2

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